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東京地方裁判所 昭和40年(むのイ)144号 決定 1966年3月23日

被告人 近藤五郎

決  定 <被告人氏名略>

右の者に対する詐欺被告事件について、昭和四一年三月一八日東京地方裁判所裁判官綿引紳郎がした保釈許可決定に対し、同月一九日東京地方検察庁検察官汀幡修三から右決定の取消を求める旨の準抗告の申立があつたので、当裁判所は次の通り決定する。

主文

本件準抗告の申立を棄却する。

理由

検察官の本件準抗告申立の理由は別紙記載の通りであるが、その趣旨は要するに本件は刑事訴訟法第八九条第四号および第五号に該当するので、被告人の保釈を許可した原裁判は不当であるというのである。

そこで一件記録について検討すると、本件勾留の理由となつた犯罪事実は、被告人が、支払の意思能力を欠くにもかかわらず、川上倉四郎と共謀の上、ダンピング処分する目的でその情を祕して三永紙業から洋紙を仕入れ、いわゆる取込詐欺をしたという事案であつて、右と手段、被害者を全く同じくする事実一〇四件と共に一括公訴提起されたものであるところ、被告人は身体拘束前、右公訴事実全般について、検察官所論のような文書類改製工作等を行つていたことが記録上窺われるので、将来なお罪証隠滅行為に出るおそれが多分にあるとする検察官の主張も、一応これを肯認することができる。尤も本件の共犯者とされる川上倉四郎が任意捜査に対しほぼ一貫して公訴事実に沿う供述をしていること、篠原美津江は既に自らの意思で被告人との被雇傭関係を脱していること、藤本好子は本件公訴事実の殆ど最終段階に至つた時期に始めて被告人に雇傭された者で、前記文書類の改製等の機械的作業に従事したにすぎず、本件事案に関する知識の範囲は自ら限られていると認められること等から考えて、検察官主張の、これらの者に対する被告人の偽証工作の可能性は、抽象的には存在するとしても、実質上さほど実効性があるとは認め難い。そして、このことと、本件事案の性質及び訴訟の進行、殊に昭和四一年一月二七日本件公訴提起後、二度の公判期日を経過したものの、未だ実質審理に至らず、現在なお次回期日未指定の状況にあること等を勘案すれば、現時点において被告人の保釈を許可すべしとする原裁判の判断は強ち不当とはいえず、むしろ可及的に長期の拘禁を防止し、以て人権の保障に資せんとする刑事訴訟法の法意に沿う所以であると思料する。

なお、検察官は、被告人が本件の審判に必要な知識を有すると認められる前記川上、篠原、藤本および大橋三郎等を畏怖させる行為をすると疑うに足りる相当な理由がある旨主張するところ、なるほど被告人がこれらの者に対し時に倨傲の態度で臨むことがあつたことは記録上窺われないでもないが、それだからといつて、その当時とは事情を異にする現在でもなお被告人が川上、篠原、大橋等を畏怖せしめる虞があるとはいえないし、藤本についても同女が前記のような知識内容に止まることを考慮すれば、被告人がこれに対し敢て威迫の挙に出るとは認め難いので、この点の主張は採用できない。

以上の通り、当裁判所としては本件が権利保釈に該当しない旨の検察官の主張には、一部見解を同じくするけれども、なお前記の理由により裁量保釈を認めるのが相当であると思料するので、被告人の保釈を許可した原裁判は正当であり、本件準抗告の申立は結局理由なきに帰するから、刑事訴訟法第四三二条、第四二六条第一項によりこれを棄却することとし、主文の通り決定する。

(裁判官 山田鷹之助 諸富吉嗣 加藤隆一郎)

別紙<省略>

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